| 銭形についてのよもやま話。 |
| さて、ページ背景の銭形のデザインの話をします。 これ、当然ぼょょのオリジナルデザインではなく、超有名な物をパクッ・・・ いや拝借してます。知ってましたァ? 吾唯足知(われただたるをしる) ←銭形を時計回りで読んでね。 枯山水の石庭で有名な京都の大雪山龍安寺という禅寺にある水戸黄門こと 徳川光圀公が寄進した蹲踞(つくばい)のデザインで、禅の教えをモチーフにしています。 (「吾唯足知」で検索すると、詳しく説明され画像も有るHPが沢山あります。) 龍安寺の案内板には次の様に解説されています。 「ほどほどに満足することを知る者は、貧しくても幸せであり、 満足することを知らぬ(欲に際限のない)者は、 たとえ富める者であっても不幸である」 うう〜ん、深いですねぇ。 まあ、これは一般的な解釈の一例ですが、禅の教えの解釈は一つでは無く、 その人がその言葉を聞いて感じた解釈が正解のようです。例えば、 「足るを知る」では無く、「足すことを知ってます」と解釈すれば、 物がつくばいだけに、お客様に 「私はひたすらに水を足すことを知ってますから、 ご遠慮なく水をお使いください。」 というサービス精神とも取れます。 ひょっとして禅寺の坊さんは難しく考えすぎているのでは とも思うんですが・・・。 あと、少しひねくれて「足るを知る」を「レ点」で返すと、 「私は唯ひたすらに、知識を足します。(一生勉強です)」とも解釈できます。 大切な事ですけど、これはまた欲に際限の無いことだと思いませんか?(笑) 他に、どこかのHPで見ましたけど、 「だれもが自らの内に全てをもっていることを知るべし」 と解釈している方が居ました。案内板の解釈の発展型ですが、 「不必要な欲望を持てば不満ばかりを感じて満ち足りた 幸せな気持にはなれません。 しかし、不要な欲望を捨てあるがままの状況を受け入れれば、 不満を感じず満ち足りた気持で生きていける……。」 まさに「色即是空」、要は同じ現実でも当人の考え方一つで 幸せにも不幸にもなると言う事です。 現実は他人が作り上げている要素(因果)が多く ドウにもならない事は多いですが、 自分の中の考え方は、自分で変える事は可能なはずです。 「クイズラリー王決定戦!」は、道に迷うことを楽しむ?ゲームです。 普段の運転で道に迷うとイライラしますが、「迷う」というゲームとして考えると 楽しめますよね。(たぶん) もし楽しんで無いのであれば、まだまだ煩悩が多く、 欲に囚われているのではないのでしょうか? 「勝つと思うなぁ〜♪ 思えば負けよぉ〜♪」by美空ひばり「柔」 勝負に拘る方でも極めればこの境地にきっと達するのでしょう。(想像ですが:笑) モノの見方、考え方を変えるだけで見えないモノも見えてくる。 そういう瞬間を体験して頂ければ このゲームをやっている私としては嬉しく思います。 そういう思いと自己の戒めとして、このデザインをパクっ・・・ いやいや使わさせて頂いてます。 (もちろんサービス精神もね) エライ大層な事を書いていますが、一度皆様も「吾唯足知」の意味を 自己流に解釈しながら思いを廻らしては如何でしょうか? なにか新解釈を思い付いたら、是非書き込んでね。 ではでは(^.^)/~~~ |
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